目次
  1. ロボットの提案書で「自律」という言葉を見た方へ
  2. 何が公開されたのか
  3. 決定論の最後がRL2、生成AIの最初がRL3です
  4. 段階は一つのラベルではありません
  5. 高い段階を目指すべきとは書かれていません
  6. 実行場所は決めていません
  7. Armの立場も見ておきます
  8. 数字の出どころと限界

ロボットの提案書で「自律」という言葉を見た方へ

搬送や検査や組み立てのロボット導入を検討していて、受け取った提案書に「自律走行」「状況に応じて自律的に判断」「環境に適応」という言葉が並んでいる段階の方に向けて書いています。

言葉が誇張だという話ではありません。同じ「自律」という言葉が、会社ごとに別のものを指しているという話です。賛同企業のひとつBosch Roboticsの技術責任者は、公開ページでこう述べています。デモでよく動くロボットと、工場で毎日動くロボットが、しばしば同じ言葉で説明される。案件の範囲を決める前に、その能力の主張がその環境での安全と統合と保守にとって何を意味するのかを、解きほぐさなければならない。

9月8日に公開された枠組みは、この解きほぐしを共通の語彙でやるための道具です。

何が公開されたのか

Robotics Capability Frameworkとは、ロボットシステムの知能の高さを、実装に依存しない形で記述するための参照枠組みです。Armが2026年9月8日、80社超が参加するArm Total Design for Physical AIと同時に公開しました。枠組みの文書は第1.0版で60ページあります。

自動車の運転自動化にはSAEのレベル0から5があります。ロボットにはそれに当たる共通の物差しがなく、「自律」「適応」「文脈」「認知」という言葉がベンダーごとに別の意味で使われている。そこに物差しを置くというのが、文書の出発点です。

段階は6つです。各行の太字が段階の名前で、日本語の名前は本記事の訳です。

段階と振る舞い 土台になる仕組み
RL0 反応型。刺激や命令にそのまま反応する 固定の規則。記憶も学習もない
RL1 計画型。あらかじめ決めた手順や経路を実行する 状態機械やスクリプトなどの規則。経験で振る舞いを変えない
RL2 適応型。結果を見て実行のしかたを調整する 作業に閉じた狭いAI。決定論で、予測できる範囲に収まる
RL3 文脈型。状況と意図を読んで行動を選ぶ 基盤モデルや生成AI。文脈の理解と短い推論
RL4 認知型。複数の目標を天秤にかけ、理由を説明する 長期の記憶と世界モデル。複数目標の熟慮
RL5 自己改善型。運用の経験から振る舞いを変えていく 統治されたメタ学習。機体群での学習の共有

文書はこれを認証制度にはしていません。この語彙で書かれた主張は「整合の宣言」であって、認証ではないと明記されています。

決定論の最後がRL2、生成AIの最初がRL3です

6段階のうち、発注側が最初に見る境界はひとつです。

文書はRL2を、知能が作業に閉じていて決定論で予測できる最後の段階と書いています。RL3は、基盤モデルや生成AIが知覚や判断に入る最初の段階です。そしてRL3の説明には、モデルの非決定的な振る舞いによって、AIの安全や再現性といった新しい種類のシステム課題が持ち込まれると書かれています。

6段階と、決定論が終わる境界 RL0 反応型 固定の規則 RL1 計画型 決めた手順 RL2 適応型 狭いAI・決定論 RL3 文脈型 基盤モデル・生成AI RL4 認知型 世界モデル・記憶 RL5 自己改善型 統治された学習 同じ入力なら同じ出力 予測できる範囲に収まる 同じ入力でも出力が変わりうる AIの安全と再現性が新しい課題になる 「生成AIを使っています」は、右側の3段階のどれかだと言っている
提案書で「生成AI」「基盤モデル」という語を見たら、右側にいます。左側の検証のしかたはそのまま使えません。文書の記述だけから描いています。

提案書に「生成AI」や「基盤モデル」と書いてあれば、そのロボットはRL3以上です。同じ入力で同じ動作が出るとは限らないので、決定論の設備で使ってきた受入試験の考え方が、そのままでは通りません。生成された溶接条件を人が見て直す工程が残るのも、LLMのAPIが止まった後の動きを要件で決めるのも、境界の右側に入ったから出てくる論点です。

段階は一つのラベルではありません

もうひとつ、文書が繰り返し書いていることがあります。段階はロボット全体に一つ付ける点数ではなく、能力ごとに付けるプロファイルだという点です。

能力は7つです。知覚、位置と地図、物理動作、意思決定、学習と適応、対話、安全と信頼の統治。この7つのそれぞれについて、RL0からRL5のどれが要るかを書きます。

文書の付録に、倉庫の搬送ロボットを例にした4つの変種があります。同じ「倉庫で荷物を運ぶ」でも、条件が変わると上がる能力が違います。

  • 決まった経路を運ぶ。ほぼ全部がRL1で、学習はRL0
  • 通路の混雑や配置替えがある。知覚・位置と地図・物理動作・意思決定がRL2へ。対話はRL1のまま
  • 人や車両が周りにいて、優先順位が変わる。知覚と意思決定と安全統治がRL3へ。位置と地図と物理動作はRL2のままで足りる
  • 納期・混雑・電池残量・人の優先度を天秤にかけ、理由を説明する。意思決定と安全統治がRL4へ。物理動作はRL2のまま

3つ目の変種を、文書は表にしています。各行の太字が能力と段階で、右の列は前の節の図で左右どちら側にいるかです。右が生成AI、左が決定論です。

能力と段階、その段階を選ぶ理由
知覚 RL3。人・車両・荷物・塞がった通路の意味を区別する。物体を検出するだけでは足りない
位置と地図 RL2。倉庫は地図化されている。塞がった通路への迂回は要るが、意味的な世界モデルは要らない
物理動作 RL2。運ぶ・軌道を直す・避ける。文脈を読んだ操作や一般的な物理推論は要らない
意思決定 RL3。混雑・緊急度・人の存在・塞がった経路から、適切な行動を選ぶ
学習と適応 RL2。作業に閉じた調整と短期の記憶で足りる。文脈をまたぐ学習は要らない
対話 RL1。作業者に必要なのは命令・状態・警告。文脈を読む対話は要らない
安全と信頼の統治 RL3。判断が文脈で変わるので、許される自律の範囲も実行時に文脈で制約する

人が周りにいるだけで知覚と統治の段階が上がり、運ぶ動作は同じままです。文書は、これを平均して一つの成熟度の点数にしてはいけないと書いています。形が意味を持つからです。

提案書の「自律」が、この7行のどれを指しているのか。それが確認の入口になります。2万台作って現場に入ったのは1割という調査で、現場に入った工程に共通していたのは、要る能力が絞られていたことでした。7行の表は、その絞り込みを書く場所です。

高い段階を目指すべきとは書かれていません

文書は、RL0を未熟なシステムと見るべきでないと書いています。RL0は上の段階すべてが依存する決定論の土台で、安全が最優先の狭い作業では、RL0が適切な段階であり続ける。段階は順位ではなく、その用途に何が要るかの記述だ、という立場です。

発注側にとっては、これが交渉の材料になります。「RL3の判断は要らない、RL2で足りる」と言えれば、非決定性の検証と統治の工数を丸ごと落とせますロボット導入の費用は現場ごとの設定に乗っているという構造の中で、段階を下げることは費用を下げる数少ない手段のひとつです。

実行場所は決めていません

枠組みは、機能をロボット内・エッジ・クラウドという「層」で語ることを、意図的に避けています。ロボット内・エッジ・クラウドは配置の選択肢であって、機能の分類ではない。同じ機能が、遅延・費用・安全・拡張性の条件に応じて配置を移れるようにするためです。

代わりに使うのが、System 1・System 2・System 3という役割の分け方です。

  • System 1。反射。障害物の回避や安全停止。決定論で、ほぼロボット内
  • System 2。任務の中での判断。いま何をどうやるかを決める。ロボット内でも共有のエッジでも分散サービスでもよい。上位サービスの喪失や遅延に耐えることが条件
  • System 3。任務をまたぐ戦略と学習。学習済みモデルや更新された制約を作り、System 2に渡す。低レベルの動作は直接出さない

発注側に効くのは、System 2の条件です。クラウドやエッジに置いた判断が届かなくなったとき、ロボット単体で何ができて、何で止まるか。それを設計の条件として文書が明記しています。現場の端末でどこまで処理するかはチップ選びから始めないという話と同じで、決めるのは製品ではなく切る位置です。

Armの立場も見ておきます

Armはチップの設計を売る会社で、Total Design for Physical AIは自社の設計を中心にしたエコシステムです。ニュースルームの記事にある「2030年代に年間2,000億ドルの計算需要」という数字も、Armの自社推計です。

ただし、枠組み自体はプロセッサのアーキテクチャも、OSも、AIモデルも、配置場所も規定しないと明記しています。使うのは語彙と表の形だけで、Armの製品を使う必要はありません。賛同企業にはANYboticsやGalbotのようなロボットメーカー、QNXのようなOS、McKinseyやCambridge Consultantsのような助言側が並んでいて、ヒューマノイドの中身が同じ会社に寄っている状況とは性格が違います。語彙が共通になるほど、実装の違いが見えやすくなるからです。

提案書の「自律」を翻訳する5項目

  • どの段階か。「自律」「適応」「認知」をRL0からRL5のどれに当たるか聞く。一語で答えが返ってきたら、次の項目を聞く

  • 能力ごとの段階。知覚・位置と地図・物理動作・意思決定・学習と適応・対話・安全統治のそれぞれで何段階か。全部同じ段階と答える提案は、用途を見ていない

  • RL3以上なら非決定性の扱い。生成AIが判断に入るなら、同じ入力で違う行動が出ることをどう検証し、どこで止めるか。安全統治の段階が意思決定の段階と揃っているか

  • 人の役割。監視か、介入か、承認か。段階が上がると人の役割は減るのではなく変わる。誰が何を見るかを書いてもらう

  • 上位サービスが落ちたとき。クラウドやエッジの判断が届かないとき、ロボット単体で何ができ、何で止まるか。枠組みはSystem 2に上位の喪失への耐性を求めている

    RFPの要件欄と、ロボットベンダーやSIerの提案書を比べる評価シートに、そのまま転記して使えます

現場メモ

私たちはロボットを作りません。担当するのは、ロボットの手前と後ろにある業務システムの接続と、導入を判断する側のCTO顧問です。

接続の設計で最初に決めるのは、ロボットがどこまで自分で決め、どこから業務システムが決め、どこから人が決めるかの線です。私たちはこれを分担表にして、発注側とロボット側の両方に見せます。今回の枠組みの「意思決定はRL3、安全統治はRL3、対話はRL1」という書き方は、この分担表と同じ形をしています。違うのは、語彙が私たちの手製ではなく、ロボットメーカー側も知っている言葉になったことです。

共通の語彙があると、RFPが書きやすくなります。これまでは「状況に応じて判断すること」と書くしかなく、それを各社が別の意味に読んでいました。7つの能力に段階を書いてもらえば、提案書を横に並べられます。私たちが次に顧客のRFPを手伝うときは、この表を要件欄に入れるつもりです。

数字の出どころと限界

この記事の内容は、Armが2026年9月8日に公開したニュースルームの記事Robotics Capability Frameworkのページ枠組みの文書(第1.0版、60ページ)を、2026年9月14日に確認したものに基づきます。6段階の定義、RL2とRL3の境界の記述、7つの能力、System 1・2・3の定義、倉庫の搬送ロボットの4変種と能力プロファイルの表、認証ではなく整合の宣言であること、実装と配置場所を規定しないことは、枠組みの文書の記載です。80社超と2,000億ドルはニュースルームの記載で、後者はArmの自社推計です。Bosch Roboticsほか賛同企業のコメントは枠組みのページの記載です。

段階と能力の日本語の名前は本記事の訳で、公式の訳ではありません。文書は第1.0版で、能力ごとの段階別の目標と観測できる指標は将来の版で示すとしています。したがって、現時点で「RL3である」という主張を第三者が検証する手順はありません。この記事の確認項目は、公開文書から発注側の論点として整理したもので、Armが示した手順ではありません。

モデルとロボットの間に何を置くかで同じモデルの成功率が変わる話は行動の単位と規約の回に、ロボットの速度を設定値ではなく構造で縛る制度の話は配送ロボットの制度の回に、支払いを達成度で区切る契約の形はマイルストーン契約の回に書いています。ロボットと既存の業務システムをつなぐ部分のご相談は、お問い合わせからお送りください。

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