「安く作ってくれる相手」として見ている方へ

ベトナムのIT企業を、日本より安く開発を請け負う相手として位置づけている方に向けて書いています。

その理解は、少なくとも財務の数字とは合いません。ベトナム国内で見たとき、情報通信業は最も収益性の高い産業のひとつです。

サービス業が落ちた年に、ITだけが伸びました

ベトナム財政省統計局の企業白書2025から、2023年の稼働企業の収益性指標です(Sách trắng doanh nghiệp Việt Nam năm 2025)。

指標 情報通信業 サービス業全体
ROA(総資産利益率) 13.1%(9.7%増) 1.46%(30.8%減)
ROE(自己資本利益率) 20.59% 5.75%(29.4%減)
ROS(売上高利益率) 16.87%
負債指数 0.57倍(最低)

サービス業全体は ROA が 1.46% まで 3割落ち、ROE も 5.75% へ 3割落ちました。その同じ年に、情報通信業は ROA が 13.1% で 9.7% 伸びています。

ROE 20.59% は、金融・銀行・保険の 10.22% の2倍です。ベトナムでいちばん儲かる産業として真っ先に名前が挙がるのは銀行ですが、資本効率ではITが上回っています。

負債指数 0.57倍も、サービス業のどの産業より低い値です。借入に頼らずに回っている、という意味になります。

売上規模でも一次産業になりつつあります

科学技術省は2025年12月の年次総括で、デジタル技術産業の売上が 1,980億USD、前年比 26%増で年間目標を16%上回ったと公表しました(Bộ Khoa học và Công nghệ)。

白書側でも、情報通信業の税引前利益は 109.1兆ドンで、金融(237.9兆ドン)・不動産(150.9兆ドン)に次ぐ規模です。黒字企業の比率は 45.3% で、サービス業では専門・科学技術(46.6%)、運輸・倉庫(45.8%)に続きます。

この構造が交渉に効いてきます

収益性が高い産業では、企業は仕事を選べます。

これは発注側から見ると、次のことを意味します。単価だけで比較して値切る交渉は、相手にとって受ける理由が薄い。断っても他の仕事があるからです。とくに国内のプロダクト企業や、より単価の高い欧米向け案件と競合します。

給与面でも同じ構造が出ています。情報通信業の平均月収は 2,330万ドンで国内2位、全産業平均の2倍です(1本目で詳しく扱いました)。人材は国内でも取り合いになっています。

オフショア相手との商談で持っていく前提

  • 値切り交渉の効きは弱い: 収益性が高く、相手には他の選択肢がある
  • 選ばれる側でもある: 継続的な仕事量と、意思決定の速さが評価される
  • 人材の定着は相手の課題でもある: 国内競合に抜かれる前提で体制を確認する
  • 技術的な面白さが効く: 単純な人員供給より、設計から関われる案件が好まれる
  • 長期契約に価値がある: 稼働の読める案件は、単価が多少低くても優先されうる

パートナー選定会議の前提共有として使えます。「買い手が強い市場」という想定を外すところから始まります

数字の限界を2つ

この記事の数字にも、読む側で押さえる点があります。

産業分類が広いこと。ベトナム統計の「情報通信(Thông tin và truyền thông)」には、通信キャリア、出版、放送、ソフトウェアが含まれます。ROA 13.1% は、大手通信事業者の寄与が大きい可能性があります。受託開発企業だけを取り出した数字ではありません。

時点がずれること。財務指標は2023年、売上規模は2025年、白書の公表は2025年11月です。産業の方向を見るには足りますが、個社の判断にそのまま使う数字ではありません。

数字の測定範囲を確認する重要性は、AI開発の生産性200倍は何を測った数字かで扱ったとおりです。

現場メモ

私たちがベトナム側のメンバーと話していて変わったと感じるのは、「何を作るか」への関心です。以前は仕様どおりに作ることが評価の中心でしたが、いまは要件の背景や、なぜその設計にするのかを聞かれます。AIが実装を担う範囲が広がったぶん、判断に関わりたいという方向へ寄っています。

そのため案件の紹介の仕方も変えました。工数と期間だけでなく、どの判断に関われるかを最初に説明します。これをやらないと、条件が同じでも他の案件に人が流れます。

日本側の発注元にとっては回りくどく見えるかもしれません。それでも間に立つ私たちがこの説明をするのは、人が入れ替わり続けるチームでは、結局こちらの手戻りが増えるからです。

前提を更新してから交渉に入ります

ベトナムの情報通信業は、国内で最も資本効率の高い産業のひとつで、給与は全産業平均の2倍、負債は最も少ない。「安い外注先」という像は、この数字とは合いません。

もちろん日本と比べれば単価は低い水準にあります。ただ、その差は国全体の物価から生まれているのであって、相手が弱い立場にあるからではない、というのがこのシリーズで確かめたかったことです。

日本側の発注企業がどこで止まっているかは、生成AIを使う日本企業は86.4%で総務省の白書から見ました。発注側と受注側、両方の政府統計を並べると、思っていたより対等な構図が出てきます。

体制の作り方はAI時代のオフショア開発で日本側PMが担う役割、費用の見方は1本目、発注先の選定は2本目で扱っています。

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