目次
  1. シミュレーションで動きましたと報告を受けた方へ
  2. 訓練中だけ使える情報があります
  3. 教える側と動く側を分けます
  4. 箱を測るセンサーは付けていません
  5. 完全な再現は目指していません
  6. もう1つのギャップは磁石で埋まりました
  7. 何が測れるかは発注側が知っています

シミュレーションで動きましたと報告を受けた方へ

ロボット導入の検討で「まずシミュレーションで検証します」という進め方を提案され、その結果報告を受け取る立場の方に向けています。

シミュレーションが役に立たないという記事ではありません。そこで得た結果のどこまでが実機に持ち越せるかの話です。

訓練中だけ使える情報があります

富士通研究所が、Sim-to-Realの技術解説を公開しています(2026年8月31日)。四足歩行ロボットに、固定していない箱を積んで不安定な地形を歩かせた研究が題材です。

この記事に、実務で効く概念が出てきます。

このように、訓練中には利用できるものの、実機の運用時には利用できない情報を特権情報と呼びます。

シミュレーションの中では、地面の形も、摩擦の値も、荷物の正確な位置も、数値としてそのまま取れます。作った側が全部決めているからです。実機にはそれがありません。

ここが分かれ目です。特権情報を前提に組んだ制御をそのまま実機へ持っていくと、動かすために部屋にカメラを設置するか、高価なセンサーを積むことになります。シミュレーションでの成功が、そのまま本番の構成では再現できないという形で表れます。

教える側と動く側を分けます

富士通研が採ったのは、モデルを2つに分ける方法です。

  • Teacher(教師)は、シミュレーション内の特権情報を使って、状況に応じた効率的な動き方を学ぶ
  • Student(生徒)は、実機でも計測できるセンサー情報の時間履歴から特権情報を推測し、Teacherと同じ動き方を学ぶ

そして実機では、Studentだけを使います。

実機へ渡るのは片方だけ シミュレーション 特権情報 地面の形・摩擦・荷物の位置 Teacher Student センサー情報の時間履歴 実機で動くのはStudentのみ 追加のセンサーもカメラも不要 Teacherの知識は、実機で測れる情報だけで再現できる形に移し替えられている この移し替えを設計していないと、シミュレーションの成果は実機へ渡らない
本文では、人が紙袋の傾きや腕にかかる重さから中身の偏りを感じ取ることに例えられています。

荷物が右へずれると、ロボット本体の傾き、関節の動き、足にかかる負担にも小さな変化が現れます。Studentはその時間的な変化から、荷物や路面の状態を間接的に読み取ります。

箱を測るセンサーは付けていません

実験では、四足歩行ロボットの背中に縁のない平らな板を取り付け、その上に固定していない箱を積み重ねました。ロボットは箱を落とさないようにしながら、斜面や段差、屋外のでこぼこした地面を歩きます。

このとき箱を直接計測する専用センサーやカメラは使っていません。ロボット自身の姿勢や関節の動きの履歴から状況を推測しています。

結果として、シミュレーションだけで訓練したAIが、屋外の芝生や砂地でも箱を落とさずに歩けたと報告されています。

完全な再現は目指していません

もう1つ、受け取り方を左右する記述があります。

Sim-to-Realで重要なのは、シミュレーションを現実と完全に同じにすることではありません。完全な再現は困難だからです。

代わりに使われるのがドメインランダム化です。学習のたびに床の摩擦、荷物の形、モーターの強さ、制御の遅れ、地形を少しずつ変え、特定の一条件に依存しないようにします。

裏を返せば、ランダム化で振った範囲の外は保証されていません。記事にもそう明記されています。想定した範囲を大きく外れる条件や、ロボットの感覚だけでは区別できない状況では上手くいかないこともある、と。

シミュレーション成果の報告を受けたときの4つの質問

  • 訓練時に使った情報のうち、本番で測れないものはどれですか。測れないものが制御に入っていないかを見ます

  • どの条件を、どの範囲で振りましたか。摩擦、重さ、遅延、寸法の振れ幅が、自社の現場を含んでいますか

  • 本番のセンサー構成は、検証時と同じですか。追加が必要なら、その費用は見積もりに入っていますか

  • 範囲の外に出たとき、どう振る舞いますか。止まるのか、そのまま続けるのかを決めておきます

    ロボット導入のPoC報告会で、そのまま確認項目として使えます

もう1つのギャップは磁石で埋まりました

この記事には、技術的でない話も書かれています。

実機は転倒すると壊れます。荷台とロボットを最初はボルトで固定していたところ、転倒のたびにずれが発生し、派手に転ぶと荷台の板が割れました。最終的な解決は、8つの磁石で着脱できるようにして、大きな負荷がかかると自動的に外れるようにすることでした。これで調整がほとんど必要なくなったといいます。

シミュレーションには要らないが実機にだけ要る機能がある、という指摘です。

現場メモ

私たちがフィジカルAIの案件で担当するのは本体ではなく、その手前と後ろのシステムです。それでもこの磁石の話は、見積もりの構造としてよく分かります。

実機の検証では、動かすための工数と、動かし続けるための工数が別に発生します。前者は提案書に載りますが、後者は「調整」「治具」といった名前で後から出てきます。壊れた分の再製作、取り付け直し、そのたびの再測定です。

PoCの費用が予定を超える理由は、たいていアルゴリズム側ではありません。何回壊れる前提かを先に握っておくと、この差が埋まります。

何が測れるかは発注側が知っています

シミュレーションで学べる作業かどうかは、作業が決まっているかどうかで分かれます。それを確かめた次に来るのが、今回の論点です。学べたとして、その知識を実機の観測だけで再現できる形にしてあるか。

そして本番で何が測れるかは、ベンダーより発注側のほうが知っています。既存設備にどのセンサーが付いていて、どの記録が残っていて、どこまでが更新可能なのか。この情報を先に渡すほど、検証の設計は現場に近づきます。

同じことは、人が手本を実演して覚えさせる方式でも起こります。手本を見せた環境と本番の環境が違えば、覚えたことは持ち越せません。測れるものを起点に設計する順序は、どちらの方式でも変わりません。

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