目次
  1. 「生成AIで基幹システムの工数を4割減らした」の記事を見た方へ
  2. 何が発表されたのか
  3. 目標20%が実績30%になった理由は範囲です
  4. PoCで終わらなかった前提は4つです
  5. 99%という生成率の読み方
  6. 要件定義は入っていません
  7. 自社のレガシーに当てはめると
  8. 数字の出どころと限界

「生成AIで基幹システムの工数を4割減らした」の記事を見た方へ

自社の基幹システムの刷新や保守を発注する立場で、「銀行の勘定系で生成AIにより工数40%削減」というニュースを目にし、自社の提案書にも似た数字が並び始めている段階の方に向けて書いています。

数字が誇張だという話ではありません。この数字は、リリースが自分で書いている4つの前提の上に立っているという話です。前提が揃っている会社と揃っていない会社で、同じ数字の意味が変わります。

何が発表されたのか

勘定系システムとは、預金や振込、貸出といった銀行の取引そのものを記録し処理する中核のシステムです。止まれば取引が止まるので、金融機関のシステムの中で最も変更に慎重な領域です。

ソニー銀行と富士通は2026年9月14日、勘定系システムの実開発への生成AI本格適用を発表しました。対象はソニー銀行で2025年5月から本番稼働している新しい勘定系で、富士通の「Fujitsu Core Banking xBank」をAWS上で動かしています。2025年9月に生成AIの適用を始め、設計・製造・テストの主要工程へ段階的に広げた結果が、2026年7月時点の実績として公表されました。

公表された数字を、測っている範囲ごとに分けます。

  • 工程全体。基本設計から結合テストまでで、工数40%削減、開発期間30%短縮
  • 一作業の最大値。基本設計の影響調査の工数で最大90%削減、詳細設計の設計書作成で最大40%削減、結合テストの実行工数で最大90%削減
  • 生成率。製造工程でソースコード生成率99%

同じリリースに40%と90%が並んでいます。日立の240倍と30%AWSの6週間と60%のときと同じで、作業を切り出すと大きな数字が出て、工程を通すと小さな数字になる構造です。ここまでは、これまでの回で書いたことの繰り返しになります。

目標20%が実績30%になった理由は範囲です

今回のリリースには前段があります。両社は2025年10月に生成AIの適用開始を発表していて、そこでは将来像として、管理・要件定義・運用保守を含む全工程を一貫して生成AIで開発し、開発期間を20%短縮すると書かれていました。

11か月後の実績は30%です。目標を上回ったように見えますが、30%は基本設計から結合テストまでの工程に限った数字で、20%は全工程の将来像の数字です。要件定義とセキュリティと運用・保守は、今回のリリースでも「今後、段階的に拡大」と書かれています。

これは両社の書き方が悪いのではありません。1年前の目標と今の実績で、測る範囲が変わっただけです。読む側が範囲を揃えなければ、数字は比べられません。

PoCで終わらなかった前提は4つです

このリリースの読みどころは、数字ではなく「なぜPoCで終わらなかったか」を自分で説明している部分です。リリースは取組の特徴を3点挙げ、その中に前提が4つ書かれています。各行の太字が前提です。

前提 自社で確かめること
機能単位に切れる構造だった。新勘定系はクラウドネイティブでマイクロサービス前提の構造。機能単位で段階的に適用と評価ができたとリリースは書いている 自社の基幹システムは機能単位で切って試せるか。一枚岩なら、切る作業が先に要る
AIが読める開発資産があった。設計書・ソースコード・テスト資産をAIが活用できる仕組みを構築し、設計書からコードやテストケースを生成する。前工程の成果物を後工程で再利用する 設計書は現行のコードと一致しているか。テスト資産は残っているか。無ければ、AIが読むものが無い
人が最終判断と品質保証を担った。設計・製造・テストの各AIエージェントは、人による判断・承認・品質保証のもとで開発を支援すると明記 誰が何を承認するか、その記録が残るかが決まっているか
業務と開発の両方を知る人が評価した。金融業務とシステム開発の知見を持つ富士通の人材が、適切なタイミングで評価・改善を行う 自社の業務とシステムの両方を知る人が、社内か委託先にいるか。いなければ、AIの出力を判定できる人がいない

4つのうち構造は、AIを入れる前に出来ていたものです。ソニー銀行は2025年5月に勘定系のクラウドシフトを終え、その4か月後にAIの適用を始めています。開発資産をAIが読める仕組みは、適用と同時に作られています。この順番が、数字の前提です。

前の工程の成果物が、次の工程の入力になる 基本設計 影響調査 最大90%減 詳細設計 設計書作成 最大40%減 製造 コード生成率 99% 結合テスト 実行工数 最大90%減 各工程の出力の手前に、人の判断・承認・品質保証 AIが読める開発資産 設計書 ソースコード テスト資産 (現行と一致していることが条件) 下の箱が空だと、上の4工程のどこにもAIの入力が無い
工程をまたいで効いているのは、下の箱の資産です。リリースの記述だけから描いています。

99%という生成率の読み方

製造工程の「ソースコード生成率99%」は、公表された数字の中で最も読み方に注意が要ります。

生成率が何を分子と分母にした数字かは、公表文に書かれていません。CNET Japanの報道も、比較対象の案件数や規模、生成率の詳しい算出方法は公表文に記載がないと指摘しています。生成されたコードがそのまま採用された率とは限らず、人が直した量、直しに要した時間、生成後のレビュー工数がどこに計上されているかも読み取れません。

製造工程で99%が生成されても、工程全体では60%の工数が残っています。残った工数の中身はリリースに書かれていませんが、読む側は「生成の外側」に人の時間が残っていると考えて見積もるべきです。AIレビューの費用構造で書いたとおり、生成が速くなるほど、確認の側に負荷が移ります。

要件定義は入っていません

もうひとつ、範囲の話です。今回の実績は基本設計からで、要件定義は含まれていません。リリースは要件定義を含む工程全体への拡大を「今後」としています。

これは弱点ではなく、順序の話です。要件定義をAIに任せても決める人は減らないと書いたとおり、要件定義でAIが減らせるのは書く作業で、決める作業ではありません。設計以降の工程でまず数字を出し、上流は後に回す順序は、発注側から見ても妥当です。

提案書に「全工程で◯%削減」と書いてあったら、要件定義がその中に入っているかを確かめます。今回のように最も慎重な事例でも、まだ入れていません。

自社のレガシーに当てはめると

ここからが本題です。読者の多くは、クラウドネイティブでマイクロサービスの勘定系を持っていません。持っているのは、一枚岩で、設計書が現行と合っていなくて、テスト資産が残っていないシステムです。

4つの前提に照らすと、構造と資産の2つが無い状態でAIを入れても、AIが読む入力がありません。生成AIが設計書からコードを生成するには、正しい設計書が要ります。テストケースを生成するには、テストの分母が要ります。テストの分母を移行先に置くと移していない機能が見えないのと同じ理由で、無い資産は生成できません。

先にやることは決まっています。現行のコードから設計書を起こし、解析の対象を業務領域で分け、機能単位に切れる境界を見つけることです。ここにもAIは使えますが、それは「開発工数40%減」の話ではなく、その前段の別の工数です。提案書の削減率が、この前段の工数を含んでいるかどうかで、金額の意味が変わります

「生成AIで工数◯%減」の提案を受けたら確かめる5項目

  • 測った範囲。どの工程からどの工程までの数字か。要件定義と運用保守が入っているか。何案件の実績か

  • 数字の種類。工程全体の削減率か、一作業の最大値か、生成率か。生成率なら、生成後に人が直した量と時間はどこに計上されているか

  • 前提の資産。設計書とテスト資産が現行と一致した状態で揃っているか。無いなら、資産を整備する工数が見積もりに入っているか

  • 構造。機能単位に切って段階適用できる構造か。一枚岩なら、切る工程が先で、その費用と期間はどこに書いてあるか

  • 人の関門。誰が最終判断と承認をし、記録が残るか。業務と開発の両方を知る人が判定役にいるか

    刷新や保守の提案書の比較表と、稟議の質疑にそのまま使えます

現場メモ

私たちがレガシーの案件で最初にやるのは、AIを入れることではなく、設計書とテスト資産の棚卸しです。現行のコードと設計書がどれだけ合っているか、テストが残っているかを見て、AIが読める状態になっているかを確かめます。

合っていない案件では、先に「コードから設計書を起こす」工程を別に見積もります。ここを飛ばして削減率だけを提案すると、後で必ず食い違います。今回のリリースを読んで良いと思ったのは、前提を数字と同じ文書に書いている点です。売る側は数字だけを出したくなります。私たちも提案書に削減率を書くときは、その数字が立っている前提を同じページに書くようにしています。数字だけが転記されて独り歩きすることを、少しでも防ぐためです。

数字の出どころと限界

この記事の内容は、ソニー銀行と富士通が2026年9月14日に公開したプレスリリースと、両社が2025年10月6日に公開した適用開始のプレスリリースを、2026年9月15日に確認したものに基づきます。工数40%削減、期間30%短縮、影響調査と結合テスト実行の最大90%、設計書作成の最大40%、ソースコード生成率99%、2025年9月の適用開始、2026年7月時点の実績、クラウドネイティブとマイクロサービスの構造、開発資産の工程横断の活用、人による判断・承認・品質保証、金融業務と開発の知見を持つ人材による評価、要件定義と運用保守が今後の対象であることは、9月14日のリリースの記載です。全工程での期間20%短縮の目標は10月6日のリリースの記載です。2025年5月の新勘定系の稼働は両リリースの記載です。比較対象の案件数と規模、生成率の算出方法が公表文に無いことは、CNET Japanの2026年9月14日の報道の指摘です。

数字はすべて両社の自社報告で、第三者の検証は付いていません。削減率の分母となる従来工数の測り方、対象となった開発案件の数と規模、生成されたコードのうち人が修正した割合は公開されていません。4つの前提は、リリースの記述から発注側の確認項目として本記事が整理したもので、両社が示した順序や条件ではありません。

判断の速さではなく予測できることを買う話は仕様駆動開発の回に、自動化率より先にテストしない範囲を決める話は自動化率85%の回に書いています。既存システムの解析と刷新のご相談は、お問い合わせからお送りください。

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