ロボットには インターネット規模の学習データがありません
言語モデルは、インターネット上の膨大なテキストで事前学習できます。ロボットにはそれがありません。Physical Intelligence は π0 の公開時に、ロボットのデータにはそうした宝の山が存在せず、新しいスキルを覚えさせるには、その特定のロボットとその用途向けに大量のデータを集める必要があると述べています(Physical Intelligence「π0: Our First Generalist Policy」)。同モデルの事前学習には1万時間を超えるロボットデータが使われました(arXiv:2410.24164)。
この制約を、機関をまたいで解こうとしたのが Open X-Embodiment です。21の研究機関が22種類のロボットからデータを持ち寄り、527のスキル、16万件を超えるタスクのデータセットを構築しました(arXiv:2310.08864)。Google DeepMind は公開時に、多様なロボットのデモを集めることが汎用モデルを学習させる鍵であり、そのデータセット構築は単一の研究室には資源的に重すぎる、と説明しています(Google DeepMind「Scaling up learning across many different robot types」)。データを集めること自体が、研究の主戦場になっています。
VLA(Vision-Language-Action)の系譜を追うと技術の派手さに目が行きますが、実際に性能を止めているのは、その手前のデータです。
モデルを大きくしても データが増えなければ伸びにくい
「ならばモデルを大きくすればよい」とはならない、という報告が続いています。
模倣学習のデータスケーリング則を調べた研究は、新しい物体や新しい環境への汎化性能が、データ量に対しておおむねべき乗則で伸びると報告しました。同時に、予想に反して、行動生成側のネットワークを大きくしても性能が改善しなかったとしています。特徴量の次元を512から2048へ増やしても、対応する改善は見られませんでした(arXiv:2410.18647)。同研究は、デモの数が一定を超えると性能が頭打ちになることも示し、環境と物体の組み合わせごとに50件程度のデモを集めることを推奨しています。増やすべきはデータの「量」ではなく「組み合わせの多様性」だ、という主張です。
Xiaomi のロボティクスチームも、モデル規模とデータ規模を振った比較から、数十億パラメータ規模の容量は現在のデータセットの分布を捉えるにはすでに十分である可能性があり、そのためデータ量がさらなる汎化の主要なボトルネックになっている、と述べています。異なるモデルサイズ間の性能差は、異なるデータ規模間で観測される差ほど顕著ではなかったとも記しています(arXiv:2607.15330)。同社は公開ページでも、大規模で高品質なデータが手に入りにくく、その希少さが何よりもポリシーモデルのスケールを制限してきた、としています(Xiaomi Robotics)。
ただし、モデル容量が要らないという話ではありません。Open X-Embodiment は、データが潤沢な領域では小さいモデルが伸び悩んで学習不足になったと報告し、複数ロボットの混合学習が効くのは十分に容量の大きいアーキテクチャを使う場合に限る、と条件を付けています。実際、新規スキルの評価では55Bのモデルが5Bを大きく上回りました(arXiv:2310.08864)。容量は必要条件で、いま追加投入して効きやすいのがデータ側だ、と読むのが正確です。
解き方その1 集める仕組みを作り替える
データが制約なら、集め方を変える。この方向の代表が UMI(Universal Manipulation Interface)です。
UMI は、ロボットを使わずに人が手に持って操作できるグリッパでデモを記録します。3Dプリントしたグリッパの部品コストは73ドル、GoPro カメラとアクセサリで298ドルという構成です。研究チームは延べ12人時で、3名の実演者が家庭・オフィス・飲食店・屋外を含む30か所で1400件のデモを集めました(arXiv:2402.10329)。公式プロジェクトサイトは、1デモあたり約30秒で収集でき、どの家庭やレストランでも2分以内に収集を開始できるとしています(UMI プロジェクトサイト)。
効果は、未知の環境での成否に表れました。訓練に使っていない2つの環境での評価で、UMI のポリシーは合計71.7%の成功率を示した一方、狭い領域のデータだけで学習したベースラインは成功率0%でした。研究チームは、大規模な事前学習モデルを狭い領域のデータで微調整するだけでは、実環境で使えるポリシーにはならないと結論づけています。
Xiaomi はこの方式を大規模に運用しました。同社の Robotics-1 は、事前学習に10万時間の「実機に依存しない」軌跡データを使い、家庭・商業施設・工場・屋外を含む1700以上のシナリオをカバーしたとしています。加えて実際の住宅で7200時間を超える実機データを収集しました。結果として、1タスクあたり平均10時間未満のデータで4つの難タスクの平均成功率75%に達し、π0.5 の40%を上回ったと報告しています(Xiaomi Robotics / arXiv:2607.15330)。
解き方その2 足りないデータを生成する
もう一つの方向が、データを作ることです。同じ月に公開された Xiaomi-Robotics-U0 は、380億パラメータの自己回帰型の世界基盤モデルで、実世界の映像を生成してポリシーの学習データを補います(arXiv:2607.11643)。
論文が挙げる動機は、前節までと同じ制約です。身体性のあるデータセットはインターネット規模の視覚データに比べて小さく、多様性に乏しく、反復が多い。そこへ基盤モデルを適応させると、元の汎化能力がかえって損なわれる、と述べています。
実験では、1タスクにつき約40時間の実機デモを集めたうえで、背景・照明・質感といった見た目だけを変え、ロボットの状態と行動は保ったまま、同量程度の映像を生成しました。学習条件は揃え、変えたのは事後学習のデータ混合だけです。その結果、未知の背景と照明のもとでのタスク完了進捗が、π0.5 で36.9%から63.2%へ改善したと報告しています。ここでの数値は完全な成功率ではなく、順序づけたマイルストーンの部分点であることに注意が必要です。試行数も1つのポリシーとタスクの組み合わせあたり18回と多くはありません。
設計として重要なのは、ロボットの実行時に世界モデルを動かしていない点です。世界モデルは事後学習のデータ混合を通じてのみポリシーに影響する、と論文は明記しています。推論時の重い部品を増やしたのではなく、学習前のデータを増やす道具として使っています。
2つの解き方は 同じ制約への別々の答えです
集める仕組みを安くするか、足りない分を生成するか。方向は逆に見えますが、どちらも「多様なデータが足りない」という同じ制約に対する答えです。そして両方とも、モデルの構造を大きく変えることでは解いていません。
この構造は、ロボットに限りません。業務システムにAIを入れるときも、最初に検討されるのはたいていモデルの選定です。しかし実際に成否を分けるのは、そのモデルに何を見せられるか、そして出力が正しいかをどう測るかです。手元にある業務データがどれだけ多様な状況を覆っているか、評価用に使える正解付きの事例が何件あるか。ここが薄いまま高性能なモデルを選んでも、PoCから先へ進みません。
投資判断の対象は、モデル選定より前に、データの取得経路と評価環境の設計にあります。どの業務のどの操作を記録に残すか、記録の粒度をどうするか、正解をどう定義して誰が付けるか。これらは技術の選定ではなく、業務設計の仕事です。
発注や投資では 何を測るかを先に決めます
フィジカルAIの動向を追うときも、自社のAI導入を判断するときも、見るべきは同じです。派手なモデル名や規模ではなく、そのモデルが何のデータで学習し、どの条件で評価されたのか。今回引いた研究がいずれも、評価条件と試行数を明記したうえで数値を出していることは、そのまま発注側の姿勢の参考になります。
私たちはロボット本体の開発を請け負う立場ではありませんが、基盤モデルを業務へ組み込む設計はAIネイティブ開発で扱う論点と地続きです。AI活用の投資判断や、どこから着手するかの整理はAI CTO顧問としてご一緒しています。技術動向を踏まえて投資を判断したい段階のご相談は、お問い合わせからお聞かせください。
